最近、SNSやニュースで「AIにイラスト制作の仕事が奪われる」「これからは量産できないと生き残れない」といった声が、頻繁に聞かれるようになりました。
私はアイソメトリックイラストを専門に、現場で10年以上描き続けてまいりました。これまで国内外で900件を超える案件を手がけ、80社のクライアント企業様にご依頼をいただいています。NEC様、関西万博関連、大手YouTuber様の制作物など、ブランドの世界観を背負う仕事を中心に取り組んでまいりました。
そんな立場から、最近の「AIで仕事が奪われる」という言説について、ずっと気になっていました。実際のところ、商業イラストの制作現場でAIはどこまで使えるのか。プロの目線から見て、本当に代替が可能なのか。
そこで先日、業務の手を一日止めて、現在公開されている主要なAI画像生成ツールを徹底的に検証してみました。本記事では、その結果と、検証から見えてきた業界の現在地について、率直に共有させていただきます。
検証に使ったAIツールと、二つの系統について
検証に用いたのは、Adobe社の Firefly、ChatGPT のImage 2、そしてAnthropic Labsから2026年4月にリリースされたばかりの Claude Design です。あわせて、Adobeとの接続機能も含め、現時点で利用可能な選択肢をひと通り試しました。
ここで前提として整理しておきたいのが、AI画像生成ツールには大きく二つの系統があるということです。
一つは、ChatGPTやFireflyのラスターモードのように、ラスター画像、つまり写真のような画素ベースの画像を出力するもの。こちらは技術として長い歴史があり、画像生成のメインストリームとして発展してきました。
もう一つは、Anthropic社のClaude Designのように、SVGやベクター形式で出力するもの。こちらは2026年に入ってから本格的に登場した、新しい系統のAIです。Adobe Fireflyはラスターとベクター生成の両方に対応している珍しいツールで、両方の系統をまたぐ存在になっています。
この違いは、商業イラストの実務に乗せるかどうかを左右する、決定的な要素になります。それぞれの系統に特有の長所と限界がありますので、順を追ってご説明します。
検証内容:アイソメトリックの建物を各AIで生成してみた
検証の対象には、私が普段クライアントワークで頻繁に描く、街なかの建物を選びました。カフェ、ショッピングモール、マンション、病院、学校、ホテルといった、いわゆるモブ的な建物です。これらのアイソメトリックイラストを、各AIツールに生成させてみました。
ラスター系AI:見た目は綺麗、でも修正ができない
まず、ラスター系のAIから見ていきます。ChatGPTのImage 2、Fireflyのラスターモードなどがこれにあたります。
これらのツールは、ビジュアルとしては美しい画像を出力します。シルエットや構図が破綻することは少なく、表面的にはおしゃれな仕上がりに見える画像を生成できます。AI絵として鑑賞する分には、十分なクオリティに達していると言ってよいでしょう。
しかし、商業イラストの実務に乗せるとなると、構造的な壁にぶつかります。それは、データの修正性の問題です。
レイヤーが分けられていない、他者が作ったラスターデータの修正は、プロのクリエイターなら全員がお断りしたい案件と感じる類のものです。修正を何度も重ねるとデータが崩れていきます。ある箇所を直すと別の箇所が崩れる。ラスターデータの構造的な宿命です。
クライアントワークでは、納品後の修正依頼が必ず発生します。色味の調整、レイアウトの変更、要素の差し替え。レイヤーごとに分けられたデータでなければ、こうした柔軟な対応ができません。AIが出力する一枚絵のラスターデータは、見た目が綺麗でも、実務のフローには乗せられないのです。
ベクター系AI:修正はできるが、品質が商用に届かない
次に、最近登場したベクター系のAIです。
修正可能なベクターデータ(.aiファイルなど)を生成できるAIは、現時点ではClaude Designなど一部に限られます。ベクターで出力できるという点は、ラスターの修正性問題を解決する大きな前進ですが、品質面ではまだ商用に届かないというのが現状です。
たとえばカフェ。一見シンプルに見える一階建ての店舗でさえ、何度プロンプトを調整しても、納品できる品質には届きませんでした。庇の位置がずれる。ドアの内側が意味不明な形状になる。テラスの椅子は、ただの四角い箱として描かれてしまう。入り口の前に植栽が配置されて、人が出入りできない動線になることもありました。
参考写真を添付して「この通りに作ってください」と指示しても、忠実な再現はできません。AIは画像を見ることはできても、その建物の構造や使われ方を理解しているわけではないからです。
文字の配置も大きな課題でした。病院の入り口プレートに「HOSPITAL」と入れさせたところ、文字がアイソメトリック面に対して斜めにズレてしまい、何度修正しても直りませんでした。
これらの構造の崩れは、ベクター系AIに特有の問題です。プロが普段意識せず処理している、面に対する正確な投影、家具のシルエットの理解といった感覚が、まだ学習されていません。
業界知識の欠落:商標問題という見落とされがちなリスク
つまり、ラスター系AIは美しいけれど修正性が失われ、ベクター系AIは修正できるけれど品質が届かない。どちらの系統も、商業案件の納品物としては成立しないというのが、検証から得られた結論です。
加えて、業界知識の欠落という問題もあります。
AIに病院の代替アイコンを提案させると、決まって赤い十字マークを生成してきます。
ここで問題があります。赤い十字を白地に配したマークは、日本赤十字社およびジュネーブ条約で保護された商標であり、商業イラストや一般の医療施設の表示として使用することはできません。これは私たちイラストレーターにとっては基本中の基本の知識ですが、AIにはこの法的ルールが学習されていないようでした。実務では緑の十字や独自のシンボルなど、商標に抵触しない代替案を選定するのが当たり前です。
こうした業界の常識が学習されていないため、AIの提案をそのまま納品物に使えば、商標権の侵害につながりかねません。
AI生成物を素材として商業案件に取り入れようとしても、結局その上から人間が描き起こす作業が発生します。プロの現場感覚としては、効率化どころか二度手間になるケースが大半です。
市場が示しているシグナル:PIXTAのAI受付停止が意味すること
技術的な限界と並行して、市場が示しているシグナルにも注目すべき変化が起きています。
国内最大手のストック素材プラットフォームPIXTAが、2026年4月20日でAI生成コンテンツの新規受付を停止しました。販売中のAI生成作品も5月22日で販売停止となります。イラストAC、写真ACも同様に、AI生成コンテンツの新規受付を一時停止しています。
これは非常に重要なシグナルだと考えています。AIで作られた作品の供給はむしろ増えているにもかかわらず、購入者側のプラットフォームが受け付けないと表明している。つまり、市場がAI生成は不要と判断し始めているということです。
なぜそうなるのか。理由はシンプルです。企業がイラストを発注する場面、すなわちブランドの世界観を背負う制作物、大型キャンペーンビジュアル、投資家向け資料、自治体や公共系の制作物といった領域では、人が描いたという保証が前提条件になります。
AI生成であることが疑われた瞬間、企業側にはブランド毀損のリスクが立ち上がります。学習データに含まれる著作権の不透明さ、本記事で触れたような商標や法的ルールへの無理解、コンプライアンスの観点、株主や取引先への説明責任。これらの制度的な壁は、技術の進化だけでは乗り越えられません。むしろ技術が進歩して見分けがつかなくなるほど、AI不使用の証明自体に価値が生まれていく方向に動くと考えられます。
中間層の縮小と、ブランド案件への集中
業界に格差が生まれていることは事実です。汎用的な量産系イラスト案件は、AIに代替されつつあります。中間層の縮小は確実に進行しています。
しかし、ブランドを背負う案件は、技術の壁、制度の壁、商習慣の壁という三重の防壁で守られた領域です。中間層が縮小したぶん、信頼できるプロフェッショナルへの案件集中が進んでいます。
過去20年を振り返れば、ハイプサイクルに飲み込まれた技術は数多くあります。NFT、Web3.0、メタバース、ブロックチェーン。いずれも世界が変わると煽られながら、社会実装の段階で多くが消えていきました。技術的に可能であることと、市場が必要とすることは別の問題です。
AI画像生成についても、一定のニッチに収束していくのではないかと予想しています。個人ブログのアイキャッチ、趣味の創作、学習データが豊富な領域。これらの分野ではAIの活用が進んでいくでしょう。しかし企業向けの本格的なイラスト制作については、当面のあいだ、人間の領域として残ると考えています。
クライアント様へ
最後に、お仕事をご検討いただいているクライアント様にお伝えしたいことがあります。
イラストレーターの選定にあたって、AIで安く済ませるという選択肢が頭をよぎる場面もあるかもしれません。しかし、貴社のブランド価値を背負う制作物において、AI生成のリスクと制約は決して小さくありません。学習データに含まれる著作権の問題、本記事で触れたような商標への無理解、表現の一貫性が保てない問題、データの修正性の問題、そして消費者がAI生成を見抜く目を養いつつあるという現実。これらを総合的に勘案いただければ、信頼できるプロフェッショナルにご依頼いただく価値を、改めてご検討いただけるのではないかと考えています。
私は今後も、現場で手を動かし続けるイラストレーターとして、ブランドの世界観に責任を持って向き合ってまいります。アイソメトリックイラストの制作をご検討の際は、お気軽にご相談ください。
